moyacore

モヤコレ(moya core) : 日々の生活のなかで感じるさまざまな「モヤモヤ」を共有し合う「コレクティヴ」。またその「モヤモヤ」の「コレクション」を指す。そうやって「コレクトネス」とは何かを考えていきたい。それが"core"になるはず。

Who’s makin’ the rules?

 大学で「文化資本」という概念を学んだ時、絶対音感の持ち主やいわゆる「帰国子女」を羨みながらも、韓国のポップカルチャーについてのみ、自分がその文化資本について豊かな側であるという妙な自負を持つことができた。母親は「韓流」のブームに浸かり続けており、その影響で私は小学校3年生の時に『冬のソナタ』を完走するというある種の英才教育を受けた。同じく母の薫陶を受けた姉はK-Popを熱心に聞いていて、その影響で私は、中学校3年生で初めて買ってもらった音楽プレーヤーに相当な数のK-Popの曲を取り込んでいた。そんな私が、少女時代やKARAが巻き起こしたK-Popブームに乗らないわけはなく、高校生の時は狂ったようにこれらのグループの曲を聴いた。大学生になり音楽のサブスクリプションサービスが普及してからは、日本でデビューしているかどうかを問わず、幅広いグループの楽曲を聴くようになった。今でもK-Popには親しんでいて、様々なジャンルを横断した独自の音楽性、寸分違わず揃った振り付け、メンバー同士の関係性などなど、K-Popが持つ様々な要素に魅了され続けている。

 …...とここまで語ってきたが、私は韓国語が全くと言ってよいほど分からない。ハングルくらいは読めるようになろうとテキストを買ったものの、文字通りの三日坊主で終わり、恥ずかしながら自分の名前すら書けないままだ。しかし、私のような人を想定してか、世間にはK-Popの歌詞を和訳してくれている親切なブログがたくさんある。好きだと思った楽曲については「●●(曲名) 和訳」と調べて、ざっくりとした意味をつかむようにしている。

 K-Popをなんとなく聴き漁り、気に入った曲や人気の曲については和訳ブログを斜め読みする。そんなライトな楽しみ方をしている自分ですら、2019年頃からとある明確なトレンドを感じるようになった。ありのままの自分を肯定するエンパワーメント的な歌詞が増えてきたのだ。中でも、2019年にデビューしたITZY(イッジ)というグループは、このトレンドを生み出した存在で、デビューから1年半の間に出した4つのリードトラックで、自己肯定感を高めエンパワーしてくれるような歌詞を、軽快かつ力強く歌い上げている。

 

誰かから何と言われても、私は私、ただ、私になりたい I wanna be me, me, me あえて何かになる必要はない。私はただの私の時が完ぺきだから I wanna be me, me, me (ITZY「WANNABE」*)


 K-Popにおいて、トレンドが入れ替わるサイクルは非常に速い。そんな中でこうしたエンパワーメント的歌詞というのは、ITZYがデビューから今までトップクラスの人気を集め続けていることもあって、トレンドとしては長く続いている方だと思う。2021年8月には、最大手の事務所であるSMエンターテインメントの人気女性グループであるRed Velvetが、およそ2年ぶりに待望の新曲を出した。

 

We are makin’ the rules Cause we are Queens and Kings 手をもっと高く 集まるほど美しく Shining bling bling 雨が降っても Strong and Beautiful すべて異なる色で完成したRainbow (Red Velvet「Queendom」**)


「Queendom」と題したこの曲の歌詞は、自己に限らず「私たち」をエンパワーしようとしてくれる。祝祭的な曲調も相まって、聴くといつも気分が上向きになるお気に入りの曲だ。愛用しているSpotifyが年末に「2021年まとめ」と題してパーソナライズしてくれたプレイリストにも、もちろんこの「Queendom」は鎮座していた。

 そんな折、1つのニュースがK-Pop界隈をにぎわせた。SMエンターテインメントが、所属している女性アーティストから7名を選抜した「Girls On Top」というプロジェクトをローンチするというのだ。もはやレジェンド的な存在になった少女時代、先ほど言及したRed Velvet、今をときめくaespa、という3グループから2名ずつ選ばれ、それをあのBoAが引っ張るという豪華な布陣。どんな曲やパフォーマンスになるのか、ファンは大いに期待した。個人的には、こうしたスーパーチームが、誰かのエンパワーメントになるような歌詞を届けてくれたらそれは素晴らしいことだと、勝手に胸を高鳴らせていた。

 2022年元日。プロジェクトとして初めての楽曲である「Step Back」のパフォーマンスビデオが公開された。急いで、それでいて心して観た。「Incoming」という印象的なサウンドロゴが響く。アメリカの有名Hip-Hopアーティストにも楽曲を提供していることで有名なDem Jointzの作曲だ。たしかにSMエンターテインメントは彼をたびたび起用してきたが、そのほとんどは男性グループの楽曲だった。この事務所に限らず全体的な傾向として、女性グループの曲はある程度可憐または絢爛であることを求められがちで、意欲的なサウンドの楽曲は男性グループにあてがわれがちだと感じていた。それもあり、このサウンドロゴを聴いた瞬間に、この楽曲が素晴らしいものになると確信した。この確信は正しく、ホラー映画のような冷えた雰囲気の独特なトラップビートを乗りこなす7名の歌声とダンスに釘付けになった。

 ひとしきり楽しんで迎えた翌1月2日。世間がどれだけ沸き立っているのか確認するためにTwitterで検索をかけてみると、歌詞に対するネガティブな反応であふれていた。すぐさま「Step Back 和訳」で調べると、既にいくつか和訳記事があがっていた。曲全体の大まかな意味は、「私の彼氏は私のもので、あなたとは別の次元にいてあなたには似つかわしくないのだから、Step Backして。」というものだ。たしかに、英語で「Step back, silly girl!」と歌っている箇所もある。今どき、他者(彼氏)を使って相手(あなた)を下げるというのは、なんともイケてない振る舞いだなと思ってしまう。勝手ではあるがこのプロジェクトには期待をしていたぶん、そしてサウンドやパフォーマンスが素晴らしかったぶん、落胆が大きかった。同様に落胆した人はかなり多くいたようで、K-Pop好きの間では「炎上」したと言ってよいだろう。

 今回の騒ぎに関して、「Girls On Top」のメンバーに責任があるのだろうか。それは違う。というのも、K-Popという業界においては、質の高い楽曲およびパフォーマンスを効率よく供給していくために、徹底した分業体制が取られていることが多い。「Step Back」に関しても例外ではなく、作詞にメンバーは関与していない。あくまでメンバーは、与えられた歌詞を与えられた曲に乗せて、与えられた振付でパフォームする存在にすぎない。このようにK-Popにおいては、受け手にパフォーマンスが届けられるまでの過程で、演者の意思を取り入れづらい構造になっている。作詞・作曲・振付をセルフで行うグループが増えてきてはいるものの、これはまだ男性グループ中心の動き、かつまだまだ少数派であり、やはりメンバーではない人々による分業が主流だ。幸い、この構造は多くのファンが理解しており、メンバーを責める声はほとんど見られなかった。

 しかし、BoASMエンターテインメントの役員を務めていることを引き合いに出し、「彼女が止めるべきだった」と主張している大手Webメディアの記事があった。韓国に根付く年功序列の文化や、彼女が歌手として個人的に恩義を感じている人が事務所の上層部にいるであろうことを考慮すると、彼女を責めることはお門違いであろうと、個人的には思う。

 やはり、批判すべき対象は事務所の権力者たちではなかろうか。分業ゆえに、彼らに(基本的に、年齢が上の男性に)決裁権が集中し、彼らの一声で分業による成果の使い方や楽曲全体の方向性を決めることができてしまう、そんな疑似的な家父長制が維持されているからだ。もしかすると、私たちをエンパワーしてくれる歌詞も、彼らが経済合理性に基づいて決めた方向性の1つに過ぎないのかもしれない。それはそれで受け入れる。でも、「Step Back」のように誰かを「下げる」歌詞を、演者が本意でなく歌ってしまうことがあるとしたら、それはあまりに悲しいから、やめてほしい。

 

We are makin’ the rules Cause we are Queens and Kings


 ただのお題目ではない、真のQueensが出てこれるようなエンターテインメントになることを願って。

 

加藤 大貴


*歌詞和訳は公式ミュージックビデオの字幕から引用 https://www.youtube.com/watch?v=fE2h3lGlOsk

** 歌詞和訳は公式ミュージックビデオの字幕から引用 https://www.youtube.com/watch?v=c9RzZpV460k